SEとしてのキャリア

アセンブラプログラマ、DB、WEB系のプログラマを経て、現在はフリーのWEB系プログラマ

現在はフリーの自称Web系プログラマですが

元々は大手電機メーカーの開発部隊に在職していました。自社の大型汎用コンピュータ向けのデータベース管理システム自体の開発・保守を担当していました。

当時、真っ先に習得した言語は大型汎用コンピュータのアセンブラ言語。入社当初は新規開発のない、枯れたコンポーネントのネットワーク型データベース管理システムの担当だったため、作業の多くはバグが出た際の修正作業で、このために使われる「パッチ」を作ることが多かったため、高級言語よりも先にアセンブラをマスターすることになりました。ただ、コンピュータ動作の基礎の基礎みたいな部分を理解出来ましたので、その後には大いに役立ったと思います。

その後は新規開発もあるリレーショナル型のデータベース管理システムの担当になり、そちらでは開発作業の上流工程から仕事を任せてもらえましたので、設計する上で必須となるような、ロジカルに一つ一つ積み重ねる形で発想をまとめるやり方や、自分の頭の中の考えをきちんと他の人に理解出来るような言葉に書き下ろして文章とする能力を身につけさせてもらえました。

恐らくこの時の経験から、わたしの発想方法は「書き言葉で考える」という方向に定まっていったのだと思います。このころ身につけた思考方法が今のすべての基礎となっています。

Web系の技術を身につけたのはほぼ独力で、業務外の趣味レベルの作業からでした。最初のWebアプリケーションと呼べそうなシステムはまだPHPもPerlも知らなかったころ(少なくとも一般には広がっていなかったころ)に、職場のバグ管理システムを業務の合間を見つけて作ってみたことだったと思います。当時は一般的なCGIで、最初はawkでサーバ側プログラムを組んだ記憶があります。

本格的にWebアプリケーションのジャンルの業務を行ったのは、実はごく最近で、某CATV会社の顧客管理システムをほぼ2人で1年かけて製造しました。この業務の中OJT的に、PHPやJavaScript、jQuery、Ajax、リッチUIなど、今っぽいIT技術を実地で身につけてきた形です。

jQueryの基礎の基礎はこの業務を開始した最初の1週間でなんとかなるようになり、Ajaxの概念などもすぐに理解出来ました。電機メーカーに在席していた15年以上の経験が無駄ではなかったことが良く理解出来ました。プログラミングの根っこが固まっていれば、処理系が何になろうと、ある程度の時間さえもらえれば対応はいくらでも可能である、というのが実戦で確認することが出来ましたから。

今後の目標

今後、このままプログラマとしてやっていくか、それとも別の道に進むかは、今は少し揺れています。ある程度、ライティングの仕事で稼げる形が出来つつありますので。ただ、プログラミング自体は半分趣味みたいなところもありますので、アンテナだけは高くしておいて新しい情報は常に仕入れておこうと思います。jQuery使ってコードを書くこと自体が楽しいので趣味プログラミングはヒマを見て続けて、腕がさび付かないようにしていきたいです。