SEとしてのキャリア~フリーになるまで

退職するまではずっと某大手電機メーカー内のSE/プログラマとして作業していました。

大型汎用機向けDBMSの開発担当(C言語、アセンブラ等) -> DWHシステム開発部署のSE(RedBrick等) -> PC向け情報サイトのバックエンドシステム開発(C言語、PHP、Java等)

退職後は療養期間数年を挟んだ後、自称フリーのWeb系プログラマとして3年ほどになります。

某大手電機メーカーのパソコン情報サイト運営部門に在籍

某大手電機メーカのパソコン情報サイトの運営、開発、保守を行っている部署に一時期在籍していました。直接、外部向けサイト側の開発に携わることはありませんでしたが、その部署の社内システムの開発や、インフラ整備、また、在籍当時にスタートしたコールセンター側システムと既存のシステムを繋ぐシステムの開発の主担当として業務を行いました。

必要となるスキル

業務で使ったプログラミングや開発のスキルとしてはごくごく当たり前のものばかりで、PHPであったり、Javaであったり、シェルプログラミングであったり、各種RDBであったり。これと言って今では特筆すべきものはないと思います。

ですがあの部署では、24時間365日常にサービスを提供し続ける、というのは一体どういうことなのか、またそれに当たる社員が一体どういう心構え、体制で作業に当たるべきなのか、そのもっとも芯となる部分をたたき込んでもらえたと思います。

作業はとにかくひたすらピリピリとした緊張感のある中で行われていました。移籍した際にはかなりビビりながら仕事をしていたのを覚えています。当たり前のことですが、ほとんどすべての作業は何重かの徹底したチェックの上で行われていました。

でもそれでも、フルタイム動き続けているサービスですから、どこかでミスは出てしまいますし、サーバなどのトラブルによる事故も起こります。でもそれらトラブルによって利用者に迷惑がかかることを極力抑制するにはどうするのか、そこの運用方法がきっちりとマニュアル化されて、それが厳密に運営されているというのがとてもとても印象的でした。

そこで感じた/学んだいろいろなことが、今のわたしのあり方にたくさんの影響を及ぼしているのは間違いないと思います。

当時は気づいていませんでしたが、実はあの部署に異動する前からかなり酷いうつの状態になってしまっていて、移籍してすぐに始まったコールセンターとの連携システムの作業がかなりハードだったこともあって、業務を続けられなくなり、休職から退職するまでになってしまいましたが、あのままあの部署で仕事をし続けられたら、きっと技術者冥利には尽きていただろうなぁ、と、いまだに残念に思います。